1月30日 6:00am起床 お世話になった徐軍さんとも今日でお別れ。
ロビーに7:00に見送りに行き別れを惜しむ。
「徐軍さん本当にありがとう。今度は北京で会おう」笑顔で徐軍さんはこたえてくれた。
名残惜しいが僕らには予定が待っている。8:00amいつものように会場に向かう。今日はゲネプロ。
本番同様にカメラもまわる。いや、これは本番だ。
自然と気合も入る。準備万端、気合タップリの僕ら、しかし会場に入ると今日も何も変わらない進行だった。
よくよくみてみるとダンサーの動きが良くなっている。かなり変わってきた。
それでも、あと7時間もすれば本番。間に合うのだろうか?きっと間に合うのだろう。
マジック。
いにしえのマジシャンがどこかに潜んでいて、僕らをビックリさせようとしているのか?
今日は「はじめて」室内で待機させられた。ラッキー!!風をしのげる。
とはいうものの今日は幾分か気候も戻り日光があたる環境。
これなら会場のベンチでも心地よい。
それでも、全員が控え室に移動することになった。
ごった返す控え室。代わる代わるメイクをしていく出場者達。
タフな人たちはこの3日間の強行軍にもまったく表情を変えない。
みんな強い。文句の多いひ弱な日本人。残念ながらそうとう参っている僕ら。
うむ、反省。条件は一緒なのだ。
3日間も共にいるとお互いを知るようになる。
ここには20カ国ほどの出場者達が溢れている。
共通語が英語ではなく中国語だという事をのぞいては昨年のツアーを大規模にした感じだ。
そんなときのコミュニケーションツールとしてポストカードが大いに役立った。
「私たちは日本からきたGYPSYQUEENです」そういえばそこから駅前留学が始まる。
昨年の中国で知り合ったドイツ人とのコミュニケーションもまだ記憶に新しい。
3歳児程度のドイツ語でドイツ人のシンガーに語りかける。答えは中国語で返ってくる。
面白い!だんなさんが中国人というこの女性との会話はあっという間に広がり、
ポストカードをばら撒く気前のいい日本人の僕らは楽しく過ごす事が出来た。
また、意外だったのが同じ日本人との出会い。
最初はやたら日本語が上手な中国人と思っていた人は南京に住む南どんという日本語の先生だった。
「いやー日本語がなつかしくてねー」という言葉はなんだかよく分かる。
たまにハワイあたりに行くと日本人同士であうとなんだか無視してしまう、なんて事が良くあると思う。
「せっかくリゾートにきているんだからサー忘れたいよねー」みたいな。
でも、僕らはここに観光にきたわけではない。
ぎりぎりの厳しい環境で出会った南どんは救助犬ヨーゼフのようだった。
本人が「全然」という中国語は当然会話として成り立っている。
凄い。僕もこれくらい話す事ができればもっと楽しくなるのに。そう思った。
南どんは同じ南京からきたスリランカの女性と白人の男性とグループを組んで「コント」をやっていた。
中国語で人を笑わせるなんて高度な事をやっているのだ。
英語もままならない僕らをどう見ていただろうか?
それでも彼は僕らに壁を作らず、時折スタッフに中国語で話し掛けられたことや
ハプニングについて通訳をしてくれた。フラットな人だな。
いや、そうでなければこの国ではやっていけないのだろう。
最初は苦労したに違いない。でも、出来た。出来なければ日本に帰ってきたかもしれない。
それが出来るということではなく、出来た人だけがここにいるのだ。
その場の重みを改めて感じる。
羽織はかまの衣装を中国で見られるとは思わなかったし、僕らも一度公演を行っている南京市に住む人。
彼ともまた中国で会うことだろう。
「今度は東京で会いましょう!」そういって分かれるときに、すかさず
「いや、その前に南京に僕らがきますよ」と切り替えしておいた。
また、今回の主旨についても貴重な事を聞いた。
大体の出場者達は中国でかなり有名な曲を歌っているという。知っている曲のほうが有利。
そういうことだ。しかし、僕らはオリジナルの曲。
創造曲というそうだが、もちろん、審査員は誰も僕らの曲ははじめてだ。
これは不利!ちょっとあせる。でも考えようによっては「僕らだけ」のメリットもある。
多分、中国語の有名な曲を通り一辺倒に演じればキャリアで負けてしまう。
それならわが道を行くのが正解かもしれない。
いつもよりさらに楽天家になったぼくはそう信じた。
そんな中にも時間はどんどん過ぎ、2:00pmいよいよリハーサルだ。
本番同様に行うのは今回はじめてだ。大音響もしのんの歌も気持ちいい。
いつしかあれほどいいかげんに進めていた照明も万全だ。
雲のように広がる異常に油っぽいスモーク。
やりすぎともいえる大粒のシャボンは楽器にこびりつき、潤坊は神経質になる。
「楽器に良くないですよ」気づくと僕のBassも泡だらけだった。
リハの反応が楽しみだった。なにげなく監督を見る。
監督は僕らの曲のリズムに合わせて体を動かしている。いい感じだ。
得体の知れない僕らを少しは理解してくれただろうか?所詮、日本人、所詮サラリーマン。
固定観念でいつもスタートする僕らの評価はスタートではすこぶる悪い。というか眼中に無い事が多い。
最初はそれが嫌だった。軽く見られている?でも、そんなことはどうでもよいことだった。
コンサートを行うにつれて、見る目が変わってくる。
挨拶をしてくれなかった人が「OK!」のサインを出す。
歓迎のスタッフが握手を求めに来る。終わり良ければ全てよし、の僕らにとってこれは好都合だった。
陽気なアメリカ人は「ビールおいしいよー終わったらビアパーティやりましょう!」
と日本語で話し掛けてくる。
陽気なイタリア人は「まいど!なにいうてんねん」と誰に教わったか、意味のない関西弁を連呼する。
僕ら日本人と思えばみんなが知っている日本語を次々に繰り出す。
ホストはいつも相手。
今度こういう舞台に立ったら、絶対に、必ず絶対に自分から話し掛けよう。
とっても取らなくてもかわりの無いコミュニケーション。
話さなければ何も始まらない。心の中の声は誰にも伝わらない。
この場を面白く過ごすか目を閉じて寝て過ごすかは自分次第。
喋って、喋って、喋りかければきっともっと多くの事を学んだに違いない。
そう思うと残りの休憩時間は中国語の勉強に時間を費やした。
考えてみればネイティブの先生が溢れるこの場。
「ひまだよ」なんて、なんてもったいない事なんだ。
日ごろから知りたかったことや会場で、よく使われている言葉を聞きまくった。
「ネガーネガーっていってるでしょ。何の事なの?」
「頑張りますと頑張ってねの差はどうなの?」
基本事項から生活習慣中国語まで。
合わせてもうすぐ訪れる新年の挨拶まで確認。これはとても貴重な時間だった。
昨日まで寒くて思考回路が麻痺していたせいか、春に動き出す虫の如く、いっせいに脳みそが回転し始めた。
アメリカ人と中国人のハーフの小さい子供、
ルーシーがみんなのアイドルとなって雰囲気も盛り上がる。
ああ、なんて子供って吸収力があるのだろう。
途中で集合時間の再変更があった。
「またですか。」ついつい口を出てしまう弱音も、となりに
どっしり構えた南どんの「まあこんなもんでしょう」と一言。
動じていない。
それでも、女性シンガーたちからはため息が。
よかった、僕らだけではなくて。。。
黄さん、ルーシー、しのん
この間にも大事なアドバイスが聞けた。
「しのんはもっと大きなアクションで表現したほうがいいね」
世界でもっともスモールアクションを誇る我ら日本人にとってはちょっと気恥ずかしく思える。
「わざとらしい」って思うのは国民性か?バンドにもおなじアドバイスが飛んだ。
「もっと、思いっきりアクションをして」しているつもりが見ている人には伝わっていない。
この事実は大きい。よし、もうどうでもいいくらいに動いてみよう!
人を指摘しない日本人は指摘される事を嫌い、指摘されたくないから指摘しない。
でも、中国人を始め世界の人たちは違う。
年上にへりくだる事も無く、年下に威張る事も無くフラットに付き合える。
いい事はいい。悪い事は悪い。
特に仲間であればお互いを向上させるために忌憚ない意見をバシバシいう。
もちろん、感情的ではない。
それぞれの主観にそって正しいと思う事を言い合うだけだ。
みんな僕らが少しでもいいステージをするために意見をくれている。
どんどん受け入れたい。日本にいるときよりもちょっとだけ素直になれた自分がいる。
相手が自分の言い分を聞かなくてもあとに引きずる事は無い。
見事だ。美しい。
僕らの日常にはあまり感じられないこの風通し。
湿気の多い日本だからしかたない?
そうだ、僕らもこのからっとした世界的な会議の中から生き方を学びたい。
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